大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和52年(行ウ)1号 判決

愛知県安城市箕輪町新田一九六番地の一

原告

三浦哲也

右訴訟代理人弁護士

岡田正哉

片山主水

愛知県刈谷市神明町三丁目三四番地

被告

刈谷税務署長

藤垣典夫

右指定代理人

岸本隆男

柳原国良

川村俊一

大西昇一郎

西村重隆

石原金美

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

(原告)

一  被告が原告に対し、昭和四八年分所得税について、昭和五〇年五月二六日付でなした更正処分ならびに過少申告加算税及び重加算税の各賦課決定処分、同年一〇月二〇日付でなした再更正処分をいずれも取消す。

二  被告が原告に対し、昭和四九年分、昭和五〇年分、昭和五一年分各所得税について、昭和五二年七月九日付でなした更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をいずれも取消す。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

との決定。

(被告)

主文同旨の判決。

第二主張

(原告)

請求原因

一  本件課税処分の経緯

原告の昭和四八年ないし昭和五一年分各所得税についての確定申告、修正申告、修正申告に伴う過少申告加算税の賦課決定・再更正ならびに過少申告加算税・重加算税の各賦課決定の各日時及び内容は、別表一ないし四の各課税処分表の各該当欄記載のとおりである(昭和四八年分所得税についての昭和五〇年五月二六日付更正及び賦課決定、同年一〇月二〇日付再更正、昭和四九年ないし昭和五一年分各所得税についての昭和五二年七月九日付更正及び賦課決定を、以下「本件課税処分」という。)

なお、昭和四八年分所得税について、被告は、昭和五〇年五月二六日付更正において、総合短期譲渡の損失金額と分離譲渡所得金額との間において損益通算をすべきところ、経常所得金額との間で損益通算していること及び分離短期譲渡所得金額に対する税額計算が租税特別措置法三二条一項によらないでなされていることに伴い、昭和五〇年一〇月二〇日付再更正をなしたが、右再更正において、分離短期譲渡所得金額に対する租税特別措置法三二条一項及び同法施行令二一条の規定に基づく税額計算の過程で特別控除四〇万円の控除がなされていなかったことに伴い、昭和五二年二月一五日付再々更正をなしたものである。

原告は、昭和四八年分所得税についての昭和五〇年五月二六日付更正及び賦課決定を不服として、昭和五〇年七月二四日付で異議申立をなしたが、被告は、同年一〇月一四日付で右申立を棄却した。

そこで、原告は同年一一月一四日国税不服審判所長に対して審査請求をなしたが、右審判所長は昭和五一年八月二三日付で右審査請求を棄却する旨の裁決をなした。

また、原告は昭和四九年ないし昭和五一年分各所得税についての更正及び賦課決定(昭和五二年七月九日付)を不服として、昭和五二年九月一二日国税不服審判所長に対して審査請求をなしたが、右審判所長は昭和五二年五月三一日付で右審査請求を棄却する旨の裁決をなした。

二  本件課税処分の違法性

原告は、昭和四八年から昭和五一年にかけて、訴外大同物産株式会社ほか四社を介し、名古屋繊維取引所及び名古屋穀物商品取引所において、左表のとおり商品先物取引(以下「本件商品先物取引」という。)を行った。

取引回数 取引数量

昭和四八年 二〇三回 三、四二六枚

昭和四九年 六八回 七三六枚

昭和五〇年 二七回 三〇〇枚

昭和五一年 一七回 一〇〇枚

本件商品先物取引により原告は次のとおりの損失を受けた。

昭和四八年分 一、四四五万二、五〇〇円

昭和四九年分 七五三万〇、九〇〇円

昭和五〇年分 三八三万七、五〇〇円

昭和五一年分 四四万二、〇〇〇円

ところで、右各損失金は事業所得におけるものであるにもかかわらず、本件課税処分においては、雑所得における損失金と認定したものであって、違法である。

三  よって、原告は本件課税処分の取消を求める。

(被告)

請求原因に対する認容

請求原因一の事実は認める。

同二のうち、原告が、その主張するとおりの本件商品先物取引を行い、その主張する損失を受けたこと、本件課税処分において、原告主張の損失金を雑所得におけるものと認定したことは認めるが、その主張は争う。

被告の主張(本件課税処分の適法性)

一  原告の事業内容

原告は、本件係争年当時、知立市上重原町曇り八六番地一において、「三浦鉄工所」の名称をもって、鉄工業の事業を営んでいた者である。

二  本件係争各年分の所得計算

本件係争各年分の更正にかかる所得計算の内訳は次のとおりである。

(昭和四八年分)

1  営業所得金額 一、七八三万一、八二七円

(一) 更正前の修正申告所得金額 九九六万五、〇八七円

(二) 右(一)に加算すべき金額

(1) 仕入の架空計算 一六〇万円

原告は訴外鈴木製作所に対する昭和四八年六月一日の仕入支払いとして一六〇万円を計上しているが、被告の調査したところにより、架空計上と認められたものである。

(2) 期末たな卸品計上もれ二三二万四、二九四円

原告においては、期末の在庫調べが行われていないことから、期首、期末の在庫数量に変動なしとの原告の申立に基づき、次の算式により在庫金額を確定し、原告計上額との差額を期末たな卸品計上もれ額としたものである。

(期首たな卸高)(単価値上り率)(期首在庫)

2,651,554円×134.80%=3,574,294円

(期末在庫)(原告計上期末在庫)(期末たな卸品計上もれ額)

3,574,294円-1,250,000円=2,324,294円

(3) 外注費の架空計上 五七六万九、〇〇〇円

原告の計上した外注費のうち、次のものについて被告が調査したところ、架空計上と認められたものである。

昭和四八年四月 二日 岡田工業所 一五万五、六〇〇円

同 年四月二七日 右同 一三万八、〇〇〇円

同 年五月二九日 五友工業所 一三万円

同 年六月三〇日 小川鉄工所 一五〇万円

同 年九月 四日 右同 五〇万円

右同日 右同 三、六〇〇円

同 年九月 五日 鈴木製作所 六〇万円

右同日 右同 六万六、八〇〇円

同 年一〇月二二日 岡田工業所 五五万円

同 年一〇月三一日 右同 二二万五、〇〇〇円

同 年一二月二九日 小川鉄工所 七〇万円

同 年一二月三一日 岡田工業所 六四万八、〇〇〇円

右同日 小川鉄工所 五五万二、〇〇〇円

合計 五七六万九、〇〇〇円

(4) 加算合計 九六九万三、二九四円

(三) 右(一)から減算すべき金額

(1) 期首たな卸品計上もれ 一六〇万一、五五四円

原告の期首たな卸品は二六五万一五五四円であるところ、一〇五万円の計上額であったので、その差額一六〇万一五五四円を計上もれとして認容したものである。

(2) 減価償却費計上もれ 二二万五、〇〇〇円

原告が昭和四七年一二月訴外山田機械より購入した立中ぐり盤二五〇万円の減価償却費が計上されていなかったので、次のとおり計上もれとして認容したものである。

(取得価額) (償却率)

2500,000円×0.9×0.100=225,000円

なお、右算式は、償却方法は定額法、耐用年数は一〇年、〇・九は残存価額を控除するためのものとしてなしたものである。

(3) 減算合計 一八二万六、五五四円

(四) 本件更正金額((一)+(二)(4)-(三)(3))

一、七八三万一、八二七円

2  利子所得金額 九万一、〇〇七円

(一) 更正前の修正申告所得金額 〇円

(二) 右(一)に加算すべき金額

中京相互銀行刈谷支店分の受取利子計上もれ

九万一、〇〇七円

3  雑所得金額 △一、四四五万二、五〇〇円

(一) 更正前の修正申告所得金額 〇円

(二) 右(一)から減算すべき金額

訴外大協商品株式会社(以下「訴外大協」というほか二社との本件商品先物取引による損失金一、四四五万二五〇〇円

なお、雑所得金額の損失は所得税法六九条の規定により損益通算の対象とならない。従って、本件の場合、雑所得金額はは赤字であるから総所得金額の算出にあたっては、「〇」として総所得金額を計算することになる。以下昭和四九年ないし昭和五一年分についても同様である。

(昭和四九年分)

1  営業所得金額 一、七六〇万八、七二八円

右は、原告が修正申告した鉄工業による所得金額である。

2  その他の事業所得金額 〇円

なお、原告は、訴外大同物産株式会社(以下「訴外大同」というほか一社との本件商品先物取引による損失金七五三万〇、九〇〇円を、その他の事業所得金額として申告しているが、右損失金はすべて雑所得金額の対象となる金額である。

3  利子所得金額 八万三、五九一円

右は、原告の修正申告金額である。

4  雑所得金額 △七四八万五、三〇〇円

(一) 更正前の修正申告所得金額 四万五、六〇〇円

右は、中京相互銀行刈谷支店分の給付補てん金であり、原告の修正申告金額である。

(二) 右(一)から減算すべき金額

訴外大同ほか一社との本件商品先物取引による損失金七五三万〇、九〇〇円

(昭和五〇年分)

1  営業所得金額 二、八〇七万六、八六六円

なお、原告は修正申告において営業所得金額を二、四二三万九、三六六円としているが、これに三八三万七五〇〇円を加算すべきである。けだし、原告は、訴外大同ほか三社との本件商品先物取引による損失金と鉄工業による所得金額とを通算しているが、右商品先物取引による損失金は雑所得金額の計算の対象となるものであるからである。

2  利子所得金額 二二万四、八〇二円

右は、原告の修正申告金額である。

3  譲渡所得金額 △一九四万〇、七五〇円

右は、原告の修正申告金額である。

4  雑所得金額 △三五二万八、八八九円

(一) 更正前の修正申告所得金額三〇万八、六一一円

右は、中京相互銀行刈谷支店分の給付補てん金であり、原告の修正申告金額である。

(二) 右(一)から減算すべき金額

訴外大同ほか三社との本件商品先物取引による損失金三八三万七、五〇〇円

(昭和五一年分)

1  営業所得金額 二、一三九万〇、四七四円

なお、原告は修正申告における所得金額を二、〇九四万八、四七四円としているが、これに四四万二、〇〇〇円を加算すべきである。けだし、原告は、訴外美弥商事株式会社との本件商品先物取引による損失金と鉄工業による所得金額とを通算計算しているが、右商品先物取引による損失金は雑所得の計算の対象となるものであるからである。

2  給与所得金額 二〇万円

右は、原告の修正申告金額である。

3  譲渡所得金額 △八六二万二、八〇五円

右は、原告の修正申告額である。

4  雑所得金額 △ 四四万二、〇〇〇円

(一) 更正前の修正申告金額 〇円

(二) 右(一)から減算すべき金額

訴外美弥商事株式会社との本件商品先物取引による損失金 四四万二、〇〇〇円

三 本件商品先物取引による所得が雑所得に該当する理由について。

1  所得税法上の「事業」の意義

所得税法二七条一項によれば、事業所得とは農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得(山林所得又は譲渡所得に該当するものを除く。)というとされ、また同法施行令(以下「令」という。)六三条は、これを受けて、「その他の事業」の範囲を、農業、林業及び狩猟業、漁業及び水産養殖業、鉱業(土石採集業を含む。)、建設業、製造業、卸売業及び小売業(飲食店業及び料理店業を含む。)、金融業及び保険業、不動産業、運輸通信業(倉庫業を含む。)、医療保健業、著述業、その他のサービス業として列挙したうえ、その一二号において、「前各号に掲げるもののほか、対価を得て継続的に行なう事業」と定めている。

ところで、本件の場合、原告の行った本件商品先物取引が令六三条一号ないし一一号の各号に該当しないことは明らかであるから、問題は原告の右行為が令六三条一二号の「対価を得て継続的に行なう事業」に該当するか否かにある。

ところで、一般に、令六三条一二号にいう「対価を得て継続的に行なう事業」とは、社会的通念に照らし、事業と認められるもの、すなわち、個人が自己の危険と計算とにおいて独立的かつ継続的に営まれる仕事のうち、営利性、有償性のあるものを指称すると解されるが、本件のように差金決済による利益を目的として一般顧客が行う商品先物取引が「対価を得て継続的に行なう事業」に該当するか否かを判断するにあたっては、営利性や反復性及び継続性のみならず、当該具体的行為をなすについての目的、人的・物的設備の有無や規模、資金の調達方法、企画遂行性の有無及びその者が提供した精神的・肉体的労力の程度、その者の経歴、社会的地位及び生活状況等を総合的に勘案して検討しなければならない。

2  商品先物取引の特異性

商品先物取引とは、広義においては、売買取引の履行期が先(将来)に到来するものの呼称であって、将来の一定の時期に必ず実物の受渡しをすることを条件とする取引をいい、狭義においては、将来の一定の時期を履行期として当該商品の売買取引をした者が、その履行期日前にこれと反対の売買取引(転売または買戻し)をなし、前の取引における契約値段との差額(差金)を受け払いして決済することができる取引を指す。

もともと、商品先物取引は、沿革的には、商品取引の円滑化の要請から当業者間の仲間取引として発生したものであり、商品市場の発達に伴い、先物取引を行うための商品市場として商品取引所が組織されるに至ったのである。

そして、商品取引所における先物取引は、その性質上、本質的に投機的要素を内包していることは明らかであり、その幣害防止のための法的規制として商品規制として商品先物取引は主務大臣の許可を受けて設立された商品取引所以外の施設において行うことが禁ぜられ(商品取引所法七条、八条、八条の二)、売買取引の主体、すなわち商品市場における売買取引に直接参加しうる者は、取引所の会員であって、当該商品市場に上場されている商品の売買等を業として営んでいるものに限定されており(同法七七条)、また、売買取引の客体たる商品についても一定の要件を具備するものに限定されている(同法二条二項、同法施行令一条)のである。

従って、現在の商品市場には一般大衆投機家の参加が認められ、かつ委託者の保護についても相当考慮されているとはいえ、商品先物取引を行うについては極めて高度の専門的知識を必要とするものであること多言を要しない。

これを要するに、利益の発生が本質的に偶発的、かつ、投機的である商品先物取引について、これを行う一般顧客の事業性の有無の判断については、反覆性、継続性のほかに社会通念上「事業」と認識され得るだけの特段の事情及びその具体的実態を検討することが必要というべきである。

3  本件商品先物取引の実態等

(一) 原告の行為の不純性

(1) 本件商品先物取引に関する記録、帳簿保存のなされていないこと

原告は、自己の経営していた三浦鉄工所に関する事業所得について、青色申告をなしていたから、所得税法一四八条に基づき所定の帳簿を備付けて取引内容を記録し、かつ、その帳簿を保存する義務があるところ、原告は、三浦鉄工所の事業内容たる金型業にかかる右記録、保存の義務は履行していたが、本件商品先物取引については、事業所得としての認識がなかったためその記録、保存等は全く行われていなかった。

もし、原告が、本件商品先物取引を事業であるとの認識を有していたとすれば、所得税法二二九条に基づき、事業開始の際には開業の届出を一ケ月以内に所轄税務署長に届出なければならないのに、原告は商品先物取引に関する右届出書を提出していない。

(2) 本件商品先物取引の動機と資金の出所等について

原告は、右金型業について架空仕入や外注費の架空計上を行って、それから生じた利益を秘匿していたものであるが、たまたま商品外務員が訪れ、商品取引を勧誘したため、右架空仕入等によって生じた利益をもって、仮名で本件商品先物取引を行うに至った。

ところが、本件商品先物取引によって莫大な損失が発生したため、原告は、右取引を所得税法上の「事業」に該当する旨主張するに至ったが、原告の意図するところは、金型業より生じた前記秘匿利益を含めた利益と本件商品先物取引により生じた損失とを損益通算して、租税負担を免れようとするにある。

(二) 本件商品先物取引開始の背景

一般大衆が商品先物取引に参加するようになったのは、穀物については昭和三六年の大手芒相場の暴騰、同三八、三九年の小豆及び大手芒相場の激変、それに同四四年に霜害による小豆の大暴騰があったことを契機として、投機材料として注目されるに至ったためである。

この間、商品取引所所属の外務員は、年毎に激増し、一般大衆に対する投資勧奨は激烈を極めていた。

原告が本件商品先物取引を開始した昭和四八年は穀物相場激変の年で、外務員の投資勧奨に安易に乗った一般顧客は、この激変相場の波をまともに受け、損失を蒙ったが、原告もその一人にあたるといえる。

(三) 本件商品先物取引の内容

(1) 原告の商品先物取引の内容をみると、開始の年である昭和四八年三、四二六枚、同四九年七三六枚、同五〇年三〇〇枚、同五一年一〇〇枚であり、年とともに取引枚数が激減しており、これは、右各年の取引により原告が多額の損失を蒙り、取引を逐次手控えたためである。

これを、訴外大協における取引について、その実状をみれば、次の諸点が指摘できる。

(ア) 昭和四八年五月二五日から同年七月一八日までのわずか五五日間であるが、右期間の取引だけで、一、一〇九万六〇〇〇円にものぼる損失(売買損四一〇万円及び委託料六九九万六、〇〇〇円)を蒙っている。

(イ) 昭和四八年五月二五日の取引開始時原告が五〇枚の買委託をしたときの委託証拠金は二四〇万円であるが、この当時における一〇月限の小豆一枚の玉を建てるのに必要な委託証拠金は、委託本証拠金として五万五、〇〇〇円及び委託臨時増証拠金として二万五、〇〇〇円、合計八万円が必要であるから、原告が五〇枚を買委託するには四〇〇万円の委託証拠金が必要であるのに、現実には前記のとおり二四〇万円しか払込んでいないのである。

しかしこのような委託証拠金の払込方法は受託契約準則八条によって禁止されているから、原告としては不足分を委託追証拠金として払込まねばならない事態となる。そこで、これを免れるためには、早期に手仕舞をしなければならないことになり、その結果売買の回転が早くなり、委託手数料がその分だけかさむことになる。原告の売買の頻度が極めて多く、委託手数料が多い原因は、ここにある。そして、原告のこのような受託契約準則違反の取引は、原告自身の発案とは考えられず、商品外務員が委託手数料稼ぎのための常套手段として原告に教えたことに起因すると考えた方が自然であるから、原告の右のような取引は、原告が商品外務員委せの売買を行っていたことの証左ともなるべきである。

(ウ) 原告が行った売買枚数の状況をみると、取引開始日より六月九日までは、売買注文はすべて五〇枚または一〇〇枚の単位でなされているのに対し、六月一四日以降は、次第に建玉の枚数が減少し、特に七月四日から訴外大協における取引終結時である七月一八日まではすべて一〇枚であり、その後訴外大同に取引を移してからはさらに減少し、五枚から一枚までの間の単位での取引を行っている。

(エ) 訴外大協における取引のうち、計算上損となっている建玉(引かれ玉)を手仕舞いせずに、同じ限月で、右引かれ玉以上に利の乗った建玉または損の少ない建玉を手仕舞いしている。

このような取引の仕方は通常考えられないもので、これは外務員が名目上利益のより大きい建玉かまたは損のより少い建玉がある場合、それらの建玉から手仕舞いし、その結果を顧客に連絡することにより、顧客の感覚をあたかも自己の取引が利益をえているかのごとく錯覚させて、さらに取引を継続させ、顧客から委託手数料稼ぎをする外務員の常套手段というべきものである。

(オ) 原告は、短期間の間に頻繁な取引を行っており、前場、後場を通じ一日に数回も取引を行っている日が相当あるが、原告の金型業に対する精神的、肉体的労力の傾注度からみれば、原告の自主的判断でこのような頻繁な取引をなしたとは考えられず、右事実は、原告が商品外務員委せの売買をしていたことの証左というべきである。

これを要するに、訴外大協における原告の商品先物取引は、外務員がいわゆる「素人」であった原告の無知に乗じ、これを奇貨として手数料稼ぎのため短期間に頻繁な取引をさせ、結果的に莫大な損失を蒙らせたとしか解しようがないというべきである。

(2) 原告は、当初父の経営する鉄工業に従事していたが、昭和四三年ころ独立して訴外東芝セミラックス株式会社(以下「訴外東芝」という。)発注にかかる金型の製造を業とする三浦鉄工所を経営し、これにより生計を立てていた。ところで、原告は休日を除いて多い時には一日四ないし五回、少くても一回は同社刈谷工場に赴き、特殊耐火レンガの金型の発注に関する打合せ及び検収を行い、またその余の時間においても自己の鉄工所内で金型業に終日従事していたものである。

このような状況のもとにあった原告が、日々刻々価格が変動してやまず、その変動の予測が極めて難しい商品先物取引を、金型業を経営しながら、その余力をもって、「営業として」行っていたなどとは到底考えられない。

(3) 商品先物取引を事業としてなすためには、相場の変動について積極的な情報蒐集活動が必要となるところ、原告の場合、これらの活動をした形跡はなく、単に、業果新聞とか商品外務員の情報を聞くといった程度に止まっていたのであるから、原告は、単なる一般顧客の域を出なかったというべきである。

(4) 原告は、本件商品先物取引を行うための従業員を雇用することもなく、またそのための何らの事務的設備を有していなかった。

また、本件商品先物取引のための資金は自己資金の範囲に限られており、銀行借入等の積極的な資金調達がみられないほか、必要経費は、本件商品先物取引の売買の直接の費用(委託手数料)のみであり、通常事業に付随する必要な諸経費等の支払いはない。

4  以上の諸事実にかんがみれば、原告の行った本件商品先物取引は到底所得税法上にいう「事業」とは認められないものであることは明白といわなければならない。

なお、原告は、福井地裁昭和三四年(行ウ)第四号所得税更正処分取消等請求事件における商品先物取引について、裁判所が事業所得と判断していることをもって、原告の場合においても、あたかも同様の要件を充足しているかのごとく誤解し、原告の行った本件商品先物取引から生ずる所得が事業所得にあたる旨主張している。しかし、右別件事件の原告は、本件原告とは全く異なり、その職業、経歴からいっても、いわゆる玄人ともいうべき専門知識の保有者であって、その取引状況やその他の諸事情からみて、本件原告とは対比の限りではないから、これをもって、本件商品先物取引の所得が事業所得であるという原告主張の根拠となるものではない。

よって、本件商品先物取引より得た原告の所得を雑所得であると認定した本件課税処分に何ら違法はない。

四 重加算税の賦課決定(昭和四八年分)について

前記のとおり、原告は昭和四八年分所得税について、架空仕入一六〇万円、架空外注費五六七万九、〇〇〇円を計上し、不正に営業所得の脱ろうを図り、納税申告したものである。

原告の右行為は、国税通則法六八条一項に該当することは明らかであるから、被告は、本件重加算税を賦課したものである。

(原告)

被告の主張に対する認否及び反論

一  被告の主張一の事実は認める。

但し、原告は、鉄工業のほか、営業として商品先物取引を行っていたものである。

二  同二の事実中、昭和四八年分につき、鉄工業による営業所得金額が被告主張の一、七八三万一、八二七円であること(内訳は、すべて被告主張のとおり)、利子所得金額が被告主張のとおりであることは認めるが、雑所得金額については争う。

本件商品先物取引による損失金一、四四五万二、五〇〇円は、鉄工業による右営業所得金額と損益通算されるべきであるから、昭和四八年分の営業所得金額は三三七万九、三二七円である。

昭和四九年分につき、鉄工業による営業所得金額及び利子所得金額が被告主張のとおりであることは認めるが、その他の事業所得金額、雑所得金額については争う。

本件商品先物取引による昭和四九年損失金七五三万〇九〇〇円は事業所得によるものである。

昭和五〇年分につき、利子所得金額及び譲渡所得金が被告主張のとおりであることは認めるが、営業所得金額、雑所得金額については争う。

同年分営業所得金額は、鉄工業による営業所得金額(二、八〇七万六、八六六円、被告主張額)と本件商品先物取引による損失金(三八三万七、五〇〇円)を損益通算した二、四二三万九、三六六円である。

昭和五一年分につき、給与所得金額及び譲渡所得金額が被告主張のとおりであることは認めるが、営業所得金額、雑所得金額については争う。

同年分営業所得金額は、鉄工業による営業所得金額(二、一三九万〇、四七四円、被告主張額)と本件商品先物取引による損失金(四四万二、〇〇〇円)を損益通算した二、〇九四万八、四七四円である。

三  同三の事実中、原告が昭和四三年ころから、訴外東芝発注にかかる金型の製造を業とする三浦鉄工所を経営して来たことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。

1 令六三条一二号にいう「事業」に該当するか否かは、当該具体的行為が営利を目的とする継続的行為であるか否かによって決せられるべきである。

ところで、商品先物取引はそれ自体、高度に技術化された売買組織のもとに、大量かつ迅速に行われる集団的経済取引であるから、営利を目的とするものであることは明らかであり、また本件商品先物取引がその規模及び頻度からして継続性を有するものであることも明らかである。

従って、本件商品先物取引は令六三条一二号にいう「事業」に該当し、右取引に伴う本件損失金は事業所得にあるものというべきである。

被告は、事業性の認定にあたっては、営利性、継続性のほかに、人的・物的設備の有無、企画遂行性の有無、精神的・肉体的労力提供の程度、経歴等をも考慮して判断すべきである旨主張するが、右主張は誤りである。

現に、福井地裁昭和三四年(行ウ)第四号所得税更正処分取消等請求事件において、税務当局は、「所得税法上の事業所得発生の基因となる事業とは、営利を目的とする継続的行為で、一般社会通念上事業と認められる一切を指称するものであって、その継続的行為がその者の本来の業務としてなされる場合であると、副次的なものとしてなされる場合であるとを問わないし、これを職業とすることも必要ではなく、また商法上の商人が営業場を有してなすもののみに限るものでもない。従って、事業設備の有無によって区別すべきものでもない。」旨主張しており、同事件の判決においても、「清算取引はそれ自体が高度に技術化せられた商品売買であるから、営利を目的とするものであることは明らかであり、これを相当期間にわたって継続して行う場合には、社会通念上も事業と認められるに至るものであって、右のごとき要件を充たす限り、さらにこれを職業として行うことも、また人的・物的の施設などを具備することも必要とせず、さらにまた清算取引を行う者が人絹糸等の販売業、製造業を営む営業者であると否とを問わないものというべきである。」旨判示している。

本件における被告の主張は、右事件における税務当局の主張と全く相反するものであって、禁反言の法理に著しく反するものというべきである。

2 商品先物取引に投機的要素があることは、被告主張のとおりであり、ま現、取引税を含めた売買手数料が決算差額金から差引かれるため、全取引参加者の総受取金は総支払金を常に下廻る計算となり、取引参加者全員が必ず利益を得るという仕組みにはなっていない。

しかし、投機的要素ないし、取引参加者全員の利益が保障されていない点は、いかなる種類の事業についても程度の差こそあれ、いえることであって、商品先物取引に固有のものではない。

3 原告は、本件商品先物取引によって損失を蒙ったが、次のとおり、原告としては、最善の努力を尽くしたものであって、商品外務員委せの取引をしていたというようなことはない。

(1) 原告は、一般の新聞のほか、中部経済新聞を継続購読し、他に業者から送られてくる新中京繊維日報、日刊商品日報、投資日報、日刊大豆特報、国際商品日報、商品市場新聞等を精読し、さらに多方面にわたってあらゆる情報収集に努めてきた。

(2) 取引商品毎に日々罫線グラフを作成し、右の情報を加味して将来の値動きを独自に予測研究してきた。

(3) 業者との連絡を密にし、常に最新情報を得るため取引時間内である午前九時頃から午後三時頃に至るまでの間は特段緊急の用事のない限り他出することなく、一日平均二〇数回商品外務員と電話連絡し、相場の値動きに対処していたのである。

4 被告は、原告が商品先物取引について素人であるとして、本件商品先物取引が「事業」に該当しないことの一事由としているが、「素人」、「玄人」の区別基準は極めて不明確であち、もし、専門的知識の有無をもってその区別基準とするならば、商品取引について研究を重ね、十分な専門的知識を有している原告は「玄人」である。

また、仮に、当該取引に専従しているか否かを区別基準とするならば、このような基準は合理性を欠くというべきである。

けだし、「事業」の成否ひいては税法上の取扱いをその者の社会的地位や生活状況等に求めることは、憲法一四条の「法の下の平等」に反するからである。

四  同四の主張は争う。

第三証拠

(原告)

一  甲第一号証の一・二、第二号証、第三号証の一・二、第四ないし第二二号証、第二三号証の一・二、第二四号証を提出。

二  証人奥村雅直の証言及び原告本人尋問の結果を援用。

三  乙第一ないし第一七号証、第二六号証、第三二、第三三号証、第三四、第三五号証の各一・二、第三六、第三七号証、第三八、第三九号証の各一ないし三の成立は認める、その余の乙号各証の成立は不知、と述べた。

(被告)

一 乙第一ないし第一七号証、第一八号証の一ないし六、第一九号証の一ないし四、第二〇、第二一号証、第二二号証の一ないし六、第二三号証の一ないし八、第二四号証、第二五号証の一・二、第二六ないし第三〇号証、第三一号証の一・二、第三二、第三三号証、第三四、第三五号証の各一・二、第三六、第三七号証、第三八、第三九号証の各一ないし三を提出。

二 証人鳥井丹・同三谷昇の各証言及び原告本人尋問の結果を援用。

三 甲第二四号証の成立は認める、その余の甲号各証の成立は不知、と述べた。

理由

第一本件課税処分の経緯

請求原因一の事実(本件課税処分の経緯)については当事者間に争いがない。

第二本件課税処分の適用法

一  原告は、本件係争年当時、知立市上重原町曇り八六番表一において、「三浦鉄工所」の名称で鉄工業を営んでいた者であること、原告が昭和四八年から昭和五一年中に行った本件商品先物取引の回数及び数量が原告主張のとおりであり、右取引による損失金が、昭和四八年分一、四四五万二、五〇〇円、昭和四九年分七五三万〇、九〇〇円、昭和五〇年分三八三万七、五〇〇円、昭和五一年分四四万二、〇〇〇円であったこと、右各損失金が事業所得に該当するか、それとも雑所得に該当するかの点を除き、本件各係争年分における各所得金額が被告主張のとおりであることは当事者間に争いがない。

従って、本件の争点は、本件商品先物取引により生じた右各損失金を被告が雑所得と認定し、鉄工業による事業所得金額との損益通算を認めなかったことの適否である。

よって、以下この点について検討する。

二  所得税法二七条一項は、事業所得の定義として、農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業、その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得と規定し、これを受けた同法施行令六三条は、一号から一一号まで具体的な事業の種類を規定し、かつ一二号で、前各号に掲げるもののほか、対価を得て継続的に行う事業も含まれると規定している。

従って、本件商品先物取引が事業といい得るか否かは、右一二号にいう対価を得て継続的に行う事業に該当するか否かにある。

そして、本件商品先物取引が右一二号にいう事業に該当するか否かは、結局、一般社会通念に照らして決定するほかはないのであるが、これを決定するに際しては、営利性・有償性の有無、継続性・反覆性の有無、自己の危険と計算による企画遂行性の有無、当該取引に費した精神的・肉体的労力の程度、人的・物的設備の有無、資金調達方法、その者の職業、経歴及び社会的地位、生活状況などの諸点が検討されるべきものと解するのが相当である。

そこで、右の諸点について考察を進める。

1  成立に争いのない乙第一ないし第一〇号証、第三六、第三七号証、原告本人尋問の結果により成立の認められる甲第一号証の一・二、第二号証、第三号証の一・二、第四ないし第二二号証、第二三号証の一・二、乙第一八号証の一ないし六、第一九号証の一ないし四、第二四号証、証人鳥居丹の証言により成立の認められる乙第二二号証の一ないし六、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第二三号証の一ないし八、第二五号証の一・二、第二七、第二八号証、第三〇号証、第三一号証の一・二、証人奥村雅直・同鳥居丹・同三谷昇の各証言、原告本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 原告は、昭和四一年頃から鉄工業を営み、右事業により生活の資を得ている者であるが、その取引先は、耐火レンガ等の製造、販売を業とする訴外東芝一社であり、同社の専属的下請として同社に納入する金型の製造及び補修を業としていた。

なお、本件係争年当時原告が雇用していた従業員は六名であった。

(二) 原告は、従前商品先物取引の経験は全くなかったが、訴外大協外務員の勧誘により、昭和四八年五月二五日から訴外大協を介して商品(小豆)先物取引を始め、同年七月一八日までの間に一、一〇九万六、〇〇〇円の損失を蒙った。

原告は、同日をもって、訴外大協における商品先物取引を中止した。

その後、原告は、いずれも外務員の勧誘を受けて、訴外大同(商品小豆、手芒、スフ糸)を介して昭和四八年七月二〇日から昭和五〇年一二月一八日までの間、訴外大起産業株式会社(商品毛糸)を介して昭和四八年一一月一二日から昭和五〇年一〇月二七日までの間、訴外愛米商事株式会社(商品小豆)を介して昭和五〇年九月一日から同年一二月一二日までの間、訴外美弥商事株式会社(商品毛糸、綿糸)を介して昭和五〇年一一月二〇日から昭和五一年五月一四日までの間、それぞれ商品先物取引を行ったが、本件各係争年分における委託先、取引回数及び数量の明細は次のとおりである。

〈省略〉

なお、訴外大同における商品先物取引の一部については、同社の商品外務員の指導により仮名で行った。

右のとおり、昭和四九年における商品先物取引の回数及び数量は昭和四八年に比較して激減しているが、昭和五〇年、昭和五一年においてはさらに減少している。

取引数量の状況をみると、訴外大協における取引開始日である昭和四八年五月二五日から同年六月九日までは売買注文は五〇枚または一〇〇枚の単位で行われているのに対し、同年六月一四日以降は次第に建玉の枚数が減少し、同年七月四日から取引終了日(同年七月一八日)まではすべて一〇枚であり、その後始められた訴外大同においては、一〇枚以下の単位での取引が行われれている。

また原告は、昭和四九年七月から昭和五〇年四月まで、昭和五一年六月から同年一一月までは全く商品先物取引を行っていないが、その理由は損失金が増加するばかりであるため、原告の家族が原告に対し、取引中止を強く要請したためである。

(三) 本件商品先物取引につき、原告は特にそのための人的・物的設備を有せず、原告自身が商品外務員と電話等により連絡をとって行っていた。

ところで、訴外東芝は、金型の製作及び補修については、三浦鉄工所を信用し、前記のとおり、専属的に同鉄工所に発注していた。

そのため、原告は、本件係争年当時訴外東芝発注にかかる仕事を遂行するため、三浦鉄工所においては、自ら機械を操作したり、従業員に仕事の指示を与えたりするほか休日を除いて、殆んど連日、多い日には一日に四、五回、少なくても一日に一回は、製造した金型の納入、金型製造に関する打合せ等のため訴外東芝刈谷工場に出向かねばならず、極めて多忙であった。そのため、商品取引所における立会時間(午前九時から午後三時までに、前場、後場各一節ないし三節)の各節毎の相場の変動を外務員からの通報等により、その都度正確に知ることは困難な状況にあった。

(四) 本件商品先物取引の資金は、原告が所有していた土地の売却代金や鉄工業に関する架空仕入及び架空外注費の計上による利益(昭和四八年分営業所得の内訳として被告が主張するとおり)等でまかなわれていたが、通常の事業であれば当然生ずると思われる必要経費はなかった。

なお、委託証拠金の出入れについては、一部(たとえば訴外大同におけるミウラノリヨ名義の昭和四八年八月一〇日一〇〇万円支払、翌一一日一〇〇万円返戻、ミウラチヨ名義の同年一〇月二二日八二万五、〇〇〇円支払、同月三〇日一〇〇万円支払等)につき、原告が出入れした記憶のないものがあり、これら出入れは、原告が外務員委せにしていたため外務員が独断で操作したと思われる形跡がある。

(五) 原告は、中部経済新聞を購読し、また商品取引業者から送られてくる業界紙を読み、商品外務員から情報を聞いたり、罫線グラフを作成したりなどしていて、商品先物取引についてある程度の知識は有していたが、取引相場の変動の予測につき、自ら専門的な情報の蒐集、調査はしていなかった。

(六) 原告は、訴外大協における取引開始時において、商品取引所法九七条、受託契約準則八条によって一般的に禁止されている、規定の証拠金より少ない証拠金による商品先物取引を行い(例えば、訴外大協における昭和四八年五月二五日の取引開始時の原告の委託証拠金は、二四〇万円であるが、規定上は四〇〇万円であるから一六〇万円証拠金が不足している。)その後も同様の取引を行っていたが、右のような取引の場合には委託追証拠金を入れる必要が生ずることがあり、原告としては、これを避けるために早期に手仕舞をしなければならず、そのことが取引の回転を早め、委託手数料が多額になった一因となっている。

また、訴外大協における商品先物取引について、計算上損となっている建玉(引かれ玉)を手仕舞(建玉を決済し、売買関係から離脱すること)せずに、同じ限月で、右引かれ玉以上に利の乗った建玉または損の少ない建玉を手仕舞しているものがある。

(七) 原告は、事業所得について青色申告をしていたが、原告が行った昭和四八年及び昭和四九年の商品先物取引については、所得税法一四八条に規定する帳簿の備付、記録等をしていなかった。

また、原告は、本件商品先物取引について、所得税法二二九条所定の、所轄税務署長に対する開業の届出をしていない。

さらに、原告は、昭和四八年分所得税青色申告決算書には、本件商品先物取引の損益を計上していなかったが、昭和四九年一一月頃被告係官の税務調査により、鉄工業に関する架空仕入、架空外注費の計上を指摘されたうえ、これら資金の出所を追及され、その時点で、原告は、係官に対し、始めて本件商品先物取引を行っていたことを申述べた。そして、その後昭和五〇年七、八月ごろになされた被告係官の再調査以来原告は、本件商品先物取引における損失金は事業所得に該当する旨主張するに至った。

証人奥村雅直の証言及び原告本人尋問の結果中、右認定の趣旨に反する部分は措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

2  以上の事実に基づいて考えるに、まず、本件商品先物取引の回数及び数量が年毎に激減しており、また昭和四九年七月から昭和五〇年四月まで、昭和五一年六月から同年一一月までは取引を中止しており、本件係争年を通じてみれば、その継続性、反覆性の程度は、稀薄であるといわざるをえない。

そして、原告は三浦鉄工所の経営者として、休日以外は連日取引先の訴外東芝刈谷工場に出向き、その余の時間は三浦鉄工所で稼動するなど、その精神的・肉体的労力の殆どを鉄工業に割いていたものであり、生活の資も右鉄工業より得ていたこと、本件商品先物取引は、商品取引業者の勧誘により始めたものであり、原告は、右取引のための人的・物的設備は有していなかったこと、原告は、中部経済新聞や業界紙を読み、商品外務員より情報を得るなどしていたが、専門的な情報の蒐集、調査はしていなかったこと、右各事実に、仮名による取引は商品外務員の指導によるものであること、委託証拠金の出入れについて一部、商品外務員の独断で操作されている形跡の存すること、従前商品先物取引の経験がなかった原告が、取引開始の時点から一般的に禁止されている規定より少い証拠金による取引を行い、それが一因となって多額の委託手数料を支払っていること、原告の前記稼働状況からして、商品取引所の日々の立会(前場、後場各一節ないし三節)の相場の変動を、その都度直ちに外務員から報告を受けることが困難であったことなどを併せ考えると、原告は、商品外務員任せの、あるいは商品外務員の指示に従って商品先物取引を行っていたものと推認され、本件商品先物取引について原告自らの責任において企画を樹立したり、これを遂行したり、相当程度の精神的・肉体的労力を用いたものとは認められない。また、昭和四八年分所得税青色申告決算書には、本件商品先物取引の損益を計上していなかったにもかかわらず、税務調査により鉄工業に関する架空仕入、架空外注費の計上が発覚するや、本件損失金は事業所得に該当する旨主張するに至るなど、原告自身本件商品先物取引が「事業」に該当するや否やの点の認識に一貫性を欠く点がみられる。

以上の諸点を総合して勘案すると、本件商品先物取引は社会通念上令六三条一二号にいう事業と認めるに足りないものというべきである。

三  原告は、福井地裁昭和三四年(行ウ)第四号所得税更正処分取消等請求事件における税務当局の主張を引用して、本訴における被告の主張は禁反言の法理に反するものである旨主張するが、右事件における事案は、本件とはその内容を異にするし、税務当局が別件における主張と相違する主張をなしたからといって、当然に禁反言の法理違反の要件を具備するものでないことは多言を要しないから、原告の右主張は理由がない。

また、原告は、「事業」性の存否を判断するにつき、その者の社会的地位や生活状況を判断要素とすることは、法の下の平等に反する旨主張するが、事業性の存否の判断については先に述べたように当該納税者の諸般の事情を勘案して、これを決すべきところ、その一還として、その者の社会的地位や生活状況をも判断要素とすることは、もとより憲法一四条が禁止する、不合理な差別的取扱いをするものではないから、右主張は理由がない。

四  以上のとおりであって、本件商品先物取引によって生じた損失は事業所得とは認められず、雑所得の計算上生じたものと認めるべきであって、所得税法六九条一項の規定により事業所得金額と損益通算することはできないから、これを理由としてなした被告の本件各更正・再更正処分ならびに過少申告加算賦課決定処分は適法というべきである。

五  原告が昭和四八年分営業所得金額の申告につき、架空仕入一六〇万円及び架空外注費五七六万九、〇〇〇円を計上していたことは、原告の自認するところであり、原告の右所為は、不正に営業所得の脱ろうを図る目的でなされたものと認められ、国税通則法六八条一項に該当することが明らかであるから、被告が原告に対してなした本件重加算税賦課決定処分(昭和四八年分)は適法である。

第三結論

よって、本件課税処分の取消を求める原告の請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本武 裁判官 浜崎浩一 裁判官 原田卓)

別表一 昭和四八年分課税処分表

〈省略〉

〈省略〉

(注) (1) 雑所得金額は△一四、四五二、五〇〇円であるが損益通算の対象とならないので「〇」と表示した。

(2) 総合譲渡所得金額の「〇」表示は分離短期譲渡所得金額と損益通算したためである。

別表二 昭和四九年分課税処分表

〈省略〉

(注) 雑所得金額は△七、四八五、三〇〇円であるが、損益通算の対象とならないので「〇」と表示した。

別表三 昭和五〇年分課税処分表

〈省略〉

(注) 雑所得金額は△三、五二八、八八九円であるが、損益通算の対象とならないので「〇」と表示した。

別表四 昭和五一年分課税処分表

〈省略〉

(注) 雑所得金額は△四四二、〇〇〇円であるが、損益通算の対象とならないので「〇」と表示した。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例